ひとことで言うと
訪問診療の対象は「通院が困難な方」です。寝たきりに限らず、認知症で一人では通えない、通院のたびに強く消耗する、といった事情も含みます。始めるには、いまの主治医からの紹介状と、訪問先の住所が要ります。
「うちの親は歩けるから訪問診療は無理ですよね」という質問をよく受けます。訪問診療の対象は「通院が困難な方」で、歩けるかどうかだけで決まるものではありません。この記事では、対象の考え方と、実際に始めるまでの準備をまとめます。
01「通院が困難」とはどういうことか
医療保険の訪問診療は、通院が困難な患者さんに対して行うものと決められています。「困難」の判断は、ご本人の体の状態だけでなく、認知の状態、付き添いの有無、通院にかかる負担を合わせて、医師が総合的に行います。
- 体の状態:寝たきり、歩行に介助が要る、酸素や人工呼吸器を使っている、通院すると強い疲れや痛みが出る
- 認知の状態:認知症や精神の病気で、一人で通院の予定を守ることや診察を受けることが難しい
- 付き添い:家族が仕事で付き添えない、介護タクシーを使っても移動が大きな負担になる
- 病状の見通し:がんの終末期など、自宅で過ごす時間を大切にしたい段階にある
対象にならない場合
自分で歩いて通院でき、特に負担なく外来に来られる方は、訪問診療の対象にはなりません。「近くに病院がない」「待ち時間が長い」だけでは対象になりません。判断に迷うときは、診療所に状況を伝えて相談してください。

「歩けるかどうか」よりも、「通院することでその方の生活が削られていないか」を私は見ています。診察の日の前後で疲れて寝込む、ご家族が仕事を休んで付き添っている、といった状況は、十分に訪問診療を考える理由になります。
02年齢・病名・住まいによる違い
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 年齢 | 決まりはない。高齢者が多いが、小児や若い方の在宅医療もある |
| 病名 | 決まりはない。認知症・脳卒中後・心不全・がん・神経難病・老衰など |
| 介護保険 | 必須ではない。医療保険で受けられる。認定を受けていればケアマネジャーと連携する |
| 自宅 | 対象 |
| 有料老人ホーム・サ高住・グループホーム | 対象(施設が提携する診療所があることが多い) |
| 特別養護老人ホーム | 配置医師がいるため、訪問診療は限られた場合のみ |
| 病院に入院中 | 対象外(退院後に始める) |
訪問診療は医療保険の仕組みなので、介護保険の認定がなくても始められます。ただ、通院が難しい方の多くは介護のサービスも必要になるので、まだ申請していなければ並行して進めると、退院直後や状態が変わったときに困りません。
03始めるまでに用意するもの
訪問診療を始めるときに用意するもの
- 診療情報提供書(紹介状):いまの主治医(病院・かかりつけ医)に書いてもらう
- お薬手帳、または処方の内容がわかるもの
- 健康保険証(マイナ保険証)・医療費の助成を受けている方はその受給者証
- 介護保険被保険者証(認定を受けている方)
- 訪問先の住所と、鍵の開け方・呼び出しの方法(オートロックなど)
- 緊急時の連絡先(ご家族・ケアマネジャー)
診療情報提供書は、それまでの経過と薬の内容を引き継ぐための大切な書類です。「かかりつけ医を変える」と言い出しにくいご家族もいますが、通院が難しくなったことを伝えれば、多くの医師は快く書いてくれます。退院のときは病院の MSW や退院支援看護師が手配します。
04依頼から初回訪問までの流れ
- 1
診療所に連絡して、受けられるかを確かめる
住所が対応エリアに入るか、病状に対応できるかを聞きます。返事が早い診療所から調整するのが現実的です。
- 2
紹介状と薬の情報をそろえる
病院やかかりつけ医に依頼します。診療所によっては、直接病院とやりとりしてくれることもあります。
- 3
初回訪問の日程を決める
ご家族やケアマネジャーが同席できる日が望ましいです。
- 4
初回訪問:診察と計画づくり
医師が診察し、訪問の間隔、急なときの連絡先、訪問看護・薬局との分担、ご本人の希望を確かめます。
- 5
訪問看護・薬局との連携を始める
必要な方には訪問看護指示書を出し、薬局の配達や服薬管理を頼みます。
紹介状
いまの主治医から
経過と薬を引き継ぐ
住所
対応エリアの確認
最初の連絡で伝える
希望
ご本人がどう過ごしたいか
初回訪問で確かめる

初回の訪問で一番時間をかけたいのは、病気の説明よりも「これからどう過ごしたいか」を聞くことです。ケアマネジャーやご家族が同席してくださると、その場で訪問の間隔や急なときの動き方まで決められます。
05よくある質問
- 介護保険を申請していないと頼めない?:頼めます。訪問診療は医療保険です。ただし、通院が難しい方は介護のサービスも要ることが多いので、申請を並行して進めるのが実際的です。
- 家族が付き添えば通院できる。それでも対象?:付き添いがあれば通えるなら、原則は通院です。ただ、付き添う家族が毎回仕事を休んでいる、本人が通院で消耗して数日寝込む、といった負担があれば、医師に相談する価値があります。
- 訪問診療を始めたら病院には行けない?:専門の治療(がんの化学療法、透析、専門外来)は並行して続けられます。訪問診療医が病院と連絡を取り合います。
- 一度始めたらやめられない?:状態がよくなって通院できるようになれば、外来に戻れます。訪問診療は「一生の契約」ではありません。
- 施設に入っている親を、家族が選んだ診療所に診てもらえる?:施設によります。施設が提携する診療所が決まっていることが多く、変えられる場合と難しい場合があります。入居前に確かめます。
06初回訪問までに家族が決めておくとよいこと
初回の訪問では、病気の話だけでなく「これからどう暮らしたいか」を医師が聞きます。次のことをご家族で話しておくと、その場で計画が立てやすくなります。
- 急に具合が悪くなったとき、病院に運んでほしいか、できるだけ自宅で診てほしいか
- 最期の時期をどこで過ごしたいか(決まっていなくてもよい。「まだ考えられない」も答えです)
- 本人が知りたいこと・知りたくないこと(病名や見通しの伝え方)
- 主に介護する人と、その人が働いているかどうか
- 家の鍵をどう開けてもらうか(不在時の訪問、オートロック、キーボックス)
07相談の場面ごとの動き方
| 場面 | 最初にすること | 次に |
|---|---|---|
| 退院が近く、通院は難しい | 病院の MSW が在宅医を探す。紹介状は病院の主治医 | 退院前カンファレンスで初回訪問の日を決める |
| 外来に通っているが、最近来られない | かかりつけ医に「訪問診療に切り替えられるか」を相談 | 難しければ地域の在宅医を紹介してもらう |
| 施設に入っていて、通院の付き添いが負担 | 施設に提携の診療所を確かめる | 施設と家族で診療所を決め、紹介状を手配 |
| 家族が「まだ早い」と迷っている | 在宅介護支援センター・地域包括支援センターに相談 | 訪問診療の説明を聞くだけの相談から始める |
08受け入れ先の探し方
Med-Tasuki(メドタスキ)では、訪問診療クリニックを地域や対応内容(24時間対応・看取り・医療処置など)で探せます。医療機関・介護事業所の方は、一括依頼で近くの診療所にまとめて相談し、引き受けた診療所とそのままチャットで調整できます。
参考にした情報
監修者のプロフィール

Maekawa Hirotaka
脳神経内科専門医・頭痛専門医
地域医療連携サービス「Med-Tasuki」開発者
脳神経内科専門医・頭痛専門医。東京大学医学部附属病院 脳神経内科で診療に従事したのち、訪問診療を行う荏原ホームケアクリニックで頭痛センター長を務める。在宅医療の現場で、患者さんの受け入れ先を探す連絡が今も電話とFAXに頼っていることに課題を感じ、施設どうしがつながる地域医療連携サービス「Med-Tasuki(メドタスキ)」を自ら開発した。
Med-Tasukiを開発した理由を読む在宅医療は、ひとつの施設だけでは完結しません。顔の見える連携を、もっと速く、もっと気軽に。現場の「困った」を減らすために、医師として、開発者として取り組んでいます。