ひとことで言うと
神経難病の退院では、病気が進むことを見越した準備が要ります。制度・医療機器・たんの吸引・意思を伝える手段・災害・家族の休息を、退院前にチームで確かめましょう。
ALS(筋萎縮性側索硬化症)、パーキンソン病関連疾患、多系統萎縮症、脊髄小脳変性症、筋ジストロフィーなどの神経難病の方が自宅へ退院するときは、一般的な退院支援に加えて、確かめることが多くあります。この記事では、神経難病ならではの確認項目を、そのまま使えるチェックリストの形でまとめます。在宅チームの顔ぶれや依頼の基本は「退院支援で在宅チームを組むときの依頼のコツ」をご覧ください。
神経難病の退院調整で、ほかと違うところ
- 病気が少しずつ進む:退院したときの状態に合わせるだけでなく、数か月先に必要になりそうなこと(飲み込み・呼吸・移動)も見越して準備します。
- 使う制度が多い:医療保険、難病の医療費助成、介護保険、障害福祉サービス、自治体の難病の事業が重なります。
- 医療機器と、その担い手の準備が要る:人工呼吸器や吸引器などの機器と、たんの吸引を誰がするかを一緒に決めます。
- 話すこと・書くことが難しくなる:本人の意思を伝える手段を、早めに用意します。
- 停電が命にかかわることがある:人工呼吸器を使う方は、災害への備えも退院の準備に入ります。
- 家族の介護が長く続く:介護する家族が休む仕組み(レスパイト)を、最初から計画に入れます。
退院までの流れ
- 1
病状と見通しを共有する
脳神経内科の主治医から、病名、進み方の見通し、今回の入院の理由、本人とご家族への説明の内容を確かめます。在宅チームに渡す情報の土台になります。
- 2
制度の申請状況を確かめる
難病の医療費助成、介護保険、障害福祉サービスの状況を確かめ、足りないものは入院中に申請します。認定までに時間がかかるものがあります。
- 3
在宅チームの候補に打診する
在宅医(訪問診療)、訪問看護、ケアマネジャー、薬局に加え、必要に応じて障害福祉の相談支援専門員、訪問介護、訪問リハビリ、医療機器の業者に声をかけます。
- 4
保健所の保健師に連絡する
保健所は難病の方の療養相談や家庭訪問を行い、自治体の在宅難病の事業の窓口にもなります。退院前から加わってもらうと、退院後の支えが途切れにくくなります。
- 5
手技の練習をする
たんの吸引、胃ろうからの栄養、人工呼吸器のアラームへの対応などを、ご家族や介護職が入院中に練習します。
- 6
退院前カンファレンスを開く
役割分担、連絡先、夜間・休日の連絡の順番、急に具合が悪くなったときの方針を、関係者全員で確かめます。
- 7
退院後に振り返る
退院して間もない時期に、困っていることがないかをチームで確かめ、サービスの量や機器を見直します。
チェック1:制度と手続き
- 指定難病の医療費助成:受給者証(特定医療費(指定難病)受給者証)があるか、有効期間と更新の時期はいつか。
- まだ申請していない場合:難病指定医が書く臨床調査個人票(診断書)で申請します。認定の審査には2〜3か月ほどかかります(難病情報センターによる)。
- 在宅で使う医療機関:在宅医・訪問看護ステーション・薬局が、難病の「指定医療機関」か。医療費助成は原則として指定医療機関で受けた医療が対象です。
- 自己負担上限額管理票:受診のたびに記入してもらう票です。在宅の各事業所にも見せる流れを、ご家族と確かめます。
- 人工呼吸器を常に使う方:医療費助成の自己負担の上限が、所得にかかわらず月1,000円になる区分があります(2026年9月時点。当てはまるかは個別に判断されます)。変更の手続きが要るか、窓口に確かめます。
- 介護保険:65歳以上の方と、40〜64歳で特定疾病(ALS、パーキンソン病関連疾患、脊髄小脳変性症、多系統萎縮症など)の方が対象です。状態が変わったら区分変更の申請を検討します。
- 障害福祉サービス:指定難病はすべて障害者総合支援法の対象で、身体障害者手帳がなくても、区市町村が必要と認めればサービスを使えます(重度訪問介護、補装具、日常生活用具など)。
- 訪問看護の保険:ALS、多系統萎縮症、脊髄小脳変性症、パーキンソン病関連疾患(パーキンソン病は重症度の条件あり)などの「厚生労働大臣が定める疾病等」(別表7)に当たる方は、要介護認定があっても訪問看護は医療保険になります。
申請は早めに
医療費助成は、原則として申請日から1か月前までしかさかのぼれません(やむを得ない理由があれば最長3か月。2026年9月時点)。入院中に診断や重症度が変わった場合は、退院を待たずに申請を進めましょう。
チェック2:医療処置・医療機器・たんの吸引
- 人工呼吸器(マスクで使うNPPV、気管切開で使うTPPV):機種と設定、予備の回路、外部バッテリー、蘇生用のバッグ、業者の24時間の連絡先。
- 吸引器:退院の日までに自宅にあるか。区市町村の日常生活用具の給付や、東京都では吸入器・吸引器の貸し出しの事業があります(日常生活用具で手に入る方は原則として対象外)。
- 停電のときに使える吸引の手段:充電式の吸引器や、電気を使わない吸引器を用意するか。
- 胃ろう・経管栄養:栄養剤の種類と量、注入の時間、次の交換の時期と場所。
- 薬:飲む時間、飲み込みにくくなったときの対応、薬局が自宅に届けられるか。
- たんの吸引を誰がするか:ご家族、訪問看護のほか、介護福祉士や、喀痰吸引等研修を修了して認定を受けた介護職員も、登録を受けた事業所で、医師の文書による指示と看護職との連携のもとで行えます。
- 夜間の吸引の回数:夜も吸引が多い場合は、ご家族の睡眠をどう守るかを一緒に考えます。
手技は入院中に練習を
吸引や人工呼吸器の扱いの練習が退院の直前になると、ご家族が慣れないまま帰ることになります。練習の予定は、退院日を決める段階で組み込みましょう。
チェック3:暮らしと意思を伝える手段
- 意思を伝える手段:文字盤、スマートフォンやタブレット、重度障害者用意思伝達装置など。意思伝達装置は障害者総合支援法の補装具で、区市町村への申請と判定が要るため、早めに相談します。
- 人を呼ぶ手段:声が出にくい方が、夜間にご家族を呼べる方法(呼び鈴やセンサーなど)を決めます。
- 住まい:介護ベッド、床ずれを防ぐマット、移乗用のリフト、車いすの置き場所と通り道。人工呼吸器や吸引器を置く場所と、コンセントの位置。
- 飲み込みと栄養:食事の形、とろみ、飲み込みの評価を誰が続けるか(言語聴覚士など)。
- 転倒への備え:歩ける方でも転びやすい病気があります。手すりや動線を見直します。
- 通院の続け方:脳神経内科の外来を続けるか、在宅医とどう分担するか。どちらに何を相談するかを決めておきます。
チェック4:急なとき・災害・家族の休息
- 夜間・休日の連絡:最初に電話する先(訪問看護か在宅医か)と、その次の連絡先を、紙に書いて見える場所に貼ります。
- 入院が必要になったときの受け入れ先:かかりつけの病院と、どの段階で相談するか。
- 本人の意向:人工呼吸器、胃ろう、救急搬送について、今の時点で話し合えていることと、まだ決めていないことを在宅チームに引き継ぎます。気持ちは変わることがある前提で、話し合いを続けます。
- 災害への備え:東京都は、在宅で人工呼吸器を使う方に「災害時個別支援計画」の作成を勧めています。区市町村の窓口に相談します。
- 停電への備え:東京都には、医療機関が人工呼吸器を使う難病の方に発電機・無停電電源装置・蓄電池を無償で貸す場合に、購入費を補助する事業があります(相談先はかかりつけ医)。
- 家族の休息:介護保険のショートステイや障害福祉の短期入所のほか、東京都では在宅難病患者一時入院事業(1回最長1か月、年度内90日まで)があります。申し込みは保健所・保健センター等です。
- 人工呼吸器を使う方の家族の休息:東京都の難病患者在宅レスパイト事業では、看護師などを自宅へ派遣します(原則1か月4時間まで、年度内48時間まで)。
- 1日に何度も訪問看護が要る方:東京都の在宅人工呼吸器使用難病患者訪問看護事業では、医療保険の回数を超える1日3回目以降の訪問看護を、年間260回まで自己負担なしで受けられます。
東京都の事業の数字について
上の回数・日数・時間は2026年9月時点の東京都の案内によるものです。条件や申し込みの時期(一時入院は利用開始日の3週間前から、など)が細かく決まっているため、利用するときは東京都の難病ポータルサイトか保健所で確かめてください。ほかの道府県では事業の内容が違います。
相談先と、在宅チームへの依頼
東京都では、保健所・保健センターの保健師のほか、東京都難病相談・支援センター(文京区)と東京都多摩難病相談・支援室(府中市)が療養の相談に応じています。都が指定する難病診療連携拠点病院や難病医療協力病院もあり、専門的な医療との橋渡しの相談先になります。
在宅チームへの最初の連絡では、住所・医療処置・退院日に加えて、神経難病では次の情報があると、受け入れの判断が早くなります。
- 病名と、今の進み具合(歩行・飲み込み・呼吸・会話の状態)
- 医療機器とその設定、たんの吸引の回数(特に夜間)
- 意思を伝える手段
- 人工呼吸器・胃ろうなどについての、本人の意向の話し合いの状況
- 受給者証・要介護認定・障害福祉サービスの状況
- ご家族の人数と、主に介護する方の状況
神経難病の方を受け入れられる訪問看護や在宅医は、医療機器や夜間の対応の体制によって限られることがあります。Med-Tasuki(メドタスキ)の一括依頼を使うと、条件を一度入力するだけで、近くの複数の施設へまとめて相談できます。
参考にした情報
- 難病情報センター「指定難病患者への医療費助成制度のご案内」
- 東京都保健医療局「難病患者さんへの支援の御案内(支援機関支援者用)令和8年4月15日版」
- 東京都難病ポータルサイト「在宅難病患者一時入院」
- 東京都難病ポータルサイト「難病患者在宅レスパイト事業」
- 東京都難病ポータルサイト「在宅人工呼吸器使用難病患者訪問看護事業」
- 東京都難病ポータルサイト「在宅人工呼吸器使用難病患者非常用電源設備整備事業」
- 東京都難病ポータルサイト「在宅難病患者医療機器貸与・整備」
- 厚生労働省「特定疾病の選定基準の考え方」
- 厚生労働省「喀痰吸引等の制度(全体像)」
- 厚生労働省「補装具費支給制度の概要」
- 厚生労働省「訪問看護療養費に係る指定訪問看護の費用の額の算定方法の一部改正に伴う実施上の留意事項について」(令和8年3月5日保発0305第19号)
- 厚生労働省「医療保険と介護保険の給付調整に関する留意事項及び医療保険と介護保険の相互に関連する事項等について」の一部改正について(令和8年3月27日)
監修者のプロフィール

Maekawa Hirotaka
脳神経内科専門医・頭痛専門医
地域医療連携サービス「Med-Tasuki」開発者
脳神経内科専門医・頭痛専門医。東京大学医学部附属病院 脳神経内科で診療に従事したのち、訪問診療を行う荏原ホームケアクリニックで頭痛センター長を務める。在宅医療の現場で、患者さんの受け入れ先を探す連絡が今も電話とFAXに頼っていることに課題を感じ、施設どうしがつながる地域医療連携サービス「Med-Tasuki(メドタスキ)」を自ら開発した。
Med-Tasukiを開発した理由を読む在宅医療は、ひとつの施設だけでは完結しません。顔の見える連携を、もっと速く、もっと気軽に。現場の「困った」を減らすために、医師として、開発者として取り組んでいます。