ひとことで言うと
在宅の人工呼吸器は、管理する医療機関が患者さんに貸し出し、業者と保守をします。使うかどうかはご本人が決めること。使うと決めたら、機器・電源・吸引・訪問の体制を退院前にそろえます。
神経難病では、呼吸の筋肉が弱くなったり、呼吸の調節がうまくいかなくなったりして、人工呼吸器が必要になることがあります。難病情報センターの ALS の解説にあるとおり、人工呼吸器を使う場合も、基本的には自宅での生活になります。この記事では、在宅で人工呼吸器を使うまでの準備と、チームの分担をまとめます。呼吸器を使うかどうかはご本人が決めることで、この記事はどちらかを勧めるものではありません。
01NPPVとTPPV、神経難病で必要になる場面
| NPPV | TPPV | |
|---|---|---|
| 正式な名前 | 非侵襲的陽圧換気(NIV とも) | 気管切開下陽圧換気(TIV とも) |
| つなぎ方 | 鼻や口にマスクを着けて、呼吸を助ける | 気管カニューレ(気管に入れる管)を通して人工呼吸器につなぐ |
| 気管切開 | しない | する(入院して行う) |
| 在宅で主に要るケア | マスクが当たるところの皮膚のケア | 定期的なたんの吸引、気管切開部のケア、気管カニューレの交換 |
| 人工呼吸器加算(月1回) | 6,480点(鼻マスク・顔マスクを介したもの) | 7,480点(気管切開口を介した陽圧式) |
点数は2026年9月時点。どちらを使うか、使わないかはご本人が選びます。
- ALS:呼吸の筋肉が弱くなり、やがて自分の力だけで呼吸を続けるのが難しくなります。NPPV と TPPV のどちらも選択肢になります。
- 筋ジストロフィー:心不全や嚥下障害などとともに、呼吸不全が起こることがあります。
- 多系統萎縮症:声帯の動きの障害や呼吸中枢の障害で、呼吸が乱れることがあります。非侵襲性陽圧換気などの補助が役立ち、気管切開が必要なこともあります。気管切開をしても突然死があり得ることを説明しておく必要があるとされています。
使うか使わないか、いつまで使うかは、ご本人が選びます。考えは時間とともに変わることもあるため、節目ごとに話し合い、その内容をチームで共有しておくことが大切です。呼吸器を使わない場合も、息苦しさを和らげる治療(緩和ケア)があります。意思決定の支え方は、別の記事「神経難病の意思決定支援」で扱います。

呼吸器を使うかどうかに、正解はありません。私が医師として大切にしたいのは、ご本人が十分に知ったうえで選べることと、選んだあとも考え直してよいことです。話し合いの内容をチームで共有してもらえると、どの選択でも同じ方向で支えられます。
02在宅で使うまでの流れ
- 1
導入と設定の調整
気管切開は入院して行います。NPPV も、入院して導入や設定の調整をすることがあります。この期間に、退院後の暮らし方と在宅チームの顔ぶれを話し合い始めます。
- 2
呼吸器を管理する医療機関を決める
在宅の人工呼吸器は、在宅人工呼吸の指導管理を行う医療機関が患者さんに貸し出します。退院後も病院が管理を続けるのか、訪問診療の在宅医に移すのかを決めます。医療機関は、装置の保守・管理を十分に行うこと(業者への委託を含む)、保守の内容と夜間・緊急時の対応を患者さんに説明することが求められています。
- 3
在宅チームをそろえる
訪問診療、訪問看護(1か所で担いきれず複数のステーションで分担することもあります)、訪問介護・重度訪問介護(吸引を担える介護職)、ケアマネジャー、障害福祉サービスの相談支援専門員、保健所の保健師に早めに声をかけます。
- 4
物と電源を用意する
吸引器、必要な方は排痰補助装置(せきを機械で助ける装置)、介護用ベッドなどの福祉用具をそろえます。外部バッテリーや手動の蘇生バッグ(手で空気を送る袋)がそろっているか、停電したときの電源をどうするかも確かめます。
- 5
退院前カンファレンスと練習
病院と在宅チームで情報を引き継ぎます。ご家族やヘルパーは、吸引、回路の点検、アラームが鳴ったときの対応、蘇生バッグの使い方を入院中に練習します。急変時や機器のトラブル時の連絡先(医療機関・訪問看護・業者)と順番を決めて、見えるところに置きます。
- 6
退院後
定期の訪問診療・訪問看護、業者の定期点検、回路や気管カニューレの交換の予定を共有します。設定を変えるのは医師の指示によります。ご家族が休めるよう、レスパイト(一時的に介護を離れる仕組み)も早めに計画します。
03誰が何をするか
| 担い手 | すること |
|---|---|
| 呼吸器を管理する医師(病院または在宅医) | 設定と指示、機器の貸し出しと保守の段取り、定期の診察、急変時の方針づくり、気管カニューレの交換。専門の脳神経内科・呼吸器内科との役割分担も決めておく |
| 訪問看護 | 呼吸の状態と機器の観察、吸引と排たんのケア、気管切開部やマスクが当たる皮膚のケア、ご家族・ヘルパーへの手ほどき |
| 介護職(訪問介護・重度訪問介護) | 生活の介助と長時間の見守り。喀痰吸引等研修を修了して認定を受け、登録した事業所に属していれば、たんの吸引も担える |
| ご家族 | 日々の観察と吸引、アラームが鳴ったときの初めの対応と連絡 |
| 呼吸器の業者 | 設置と使い方の説明、定期点検、故障したときの対応 |
| ケアマネジャー・相談支援専門員 | 介護保険と障害福祉サービス(重度訪問介護など)を合わせた1週間の予定づくり、レスパイトの手配 |
| 保健所・保健センターの保健師 | 難病の療養相談、東京都の在宅難病事業の窓口、災害時の備えの相談 |
| リハビリ(ST・OT) | 気管切開で声を出しにくくなることに備えた、文字盤や意思伝達装置など意思を伝える手段の準備 |
人工呼吸器を使っている状態は「別表7」にあたり、訪問看護は医療保険で、1日に複数回の訪問や複数のステーションの利用ができます。
04使える制度とお金
2,800点
在宅人工呼吸指導管理料
呼吸器を管理する医療機関が月1回算定。人工呼吸器加算は上の表のとおり
月1,000円
難病医療費助成の自己負担の上限
指定難病により常に人工呼吸器(気管切開口または鼻マスク・顔マスクを介したもの)を着ける必要があり、日常生活の動作が著しく制限されている方。所得にかかわらず
年度260回まで
東京都の訪問看護事業
医療保険で定められた回数を超える訪問看護。自己負担なし
- 回路部品などの附属品(療養上必要なバッテリーや手動式の蘇生器などを含む)の費用は人工呼吸器加算に含まれ、別に算定されません。
- 自分の力でたんを出すのが難しい神経筋疾患等の方に排痰補助装置を使う場合は、排痰補助装置加算(1,829点)があります(2026年9月時点)。
- 東京都の在宅人工呼吸器使用難病患者訪問看護事業の対象は、難病医療費助成の対象の病気が主な原因で在宅で人工呼吸器を使い、医師が1日3回以上の訪問看護を必要と認めた方です。申し込みは保健所等です。
- 東京都の非常用電源設備整備事業:人工呼吸療法を行う医療機関が、自家発電装置・無停電電源装置・蓄電池を患者さんに無償で貸し出すための購入費を都が補助します(申請するのは医療機関です)。
点数や条件は2026年6月の診療報酬改定後の内容です。詳しくは厚生労働省・東京都の資料で確認してください。長時間の見守りには、障害福祉サービスの重度訪問介護が使えることがあります。
05在宅で気をつけること
停電と災害への備え
人工呼吸器や吸引器には電源が欠かせません。バッテリーで動く時間、予備の電源、停電したときの連絡先と避難の方法を、業者・訪問看護・保健所と普段のうちに決めておきましょう。
アラームと急変時の連絡
アラームが鳴ったとき、回路が外れたとき、たんが詰まって苦しそうなときに、誰が何をして、どこへ連絡するかを、ご家族とヘルパーが同じ手順で動けるようにしておきます。夜間・休日の連絡先も含めて、医療機関から説明を受けておきましょう。
ほかにも、マスクが当たるところの皮膚のただれ、たんの量や色の変化、熱、息苦しさなど、いつもと違う様子に早く気づけるよう、観察する点をチームでそろえておくと安心です。

アラームが鳴ったときに誰が何をするかは、退院前にご家族・ヘルパー・訪問看護で一度声に出して確かめておいてください。夜間の連絡の順番が決まっていると、電話を受けた医師も状況をつかみやすく、落ち着いて指示を出せます。
06受け入れ先を探すときに伝えること
人工呼吸器を使う方の依頼は、受けられる事業所が限られがちです。最初の打診で次の点を伝えると、返事が早くなります。
最初の打診で伝えること
- 住所(町名・丁目まで)
- NPPV か TPPV か、1日に着けている時間(夜間だけ・終日など)
- 呼吸器を管理している医療機関と業者、機種
- 気管切開の場合はカニューレの種類と交換の担当、たんの吸引の回数(日中・夜間)
- 胃ろうなど、ほかの医療処置
- 意思を伝える方法(会話・文字盤・意思伝達装置など)
- ご家族の介護の体制(夜間に対応できる人がいるか)と、お願いしたい訪問の頻度
- 呼吸器や急変時の対応についてのご本人の意向と、話し合いの状況
Med-Tasuki(メドタスキ)の一括依頼では、住所(町名まで)と「人工呼吸器あり」などの条件を入れると、近くの施設へまとめて受け入れを相談できます。医療機関・介護事業所の方は無料で登録できます。
参考にした情報
- 難病情報センター「筋萎縮性側索硬化症(ALS)(指定難病2)」
- 難病情報センター「多系統萎縮症(1)線条体黒質変性症(指定難病17)」
- 難病情報センター「筋ジストロフィー(指定難病113)」
- 難病情報センター「指定難病患者への医療費助成制度のご案内」
- 厚生労働省「令和8年度診療報酬改定について」(医科診療報酬点数表・留意事項通知・特掲診療料の施設基準等)
- 厚生労働省 令和8年度 医科診療報酬点数表
- 厚生労働省 診療報酬の算定方法の一部改正に伴う実施上の留意事項について(令和8年3月5日 保医発0305第6号)別添1 医科
- 東京都保健医療局「在宅人工呼吸器使用難病患者訪問看護事業」
- 東京都保健医療局「在宅人工呼吸器使用難病患者非常用電源設備整備事業」
- 東京都保健医療局「在宅難病患者向け事業」
監修者のプロフィール

Maekawa Hirotaka
脳神経内科専門医・頭痛専門医
地域医療連携サービス「Med-Tasuki」開発者
脳神経内科専門医・頭痛専門医。東京大学医学部附属病院 脳神経内科で診療に従事したのち、訪問診療を行う荏原ホームケアクリニックで頭痛センター長を務める。在宅医療の現場で、患者さんの受け入れ先を探す連絡が今も電話とFAXに頼っていることに課題を感じ、施設どうしがつながる地域医療連携サービス「Med-Tasuki(メドタスキ)」を自ら開発した。
Med-Tasukiを開発した理由を読む在宅医療は、ひとつの施設だけでは完結しません。顔の見える連携を、もっと速く、もっと気軽に。現場の「困った」を減らすために、医師として、開発者として取り組んでいます。