ひとことで言うと
人工呼吸器や胃ろうをどうするかは、十分な説明を受けた本人がチームと繰り返し話し合って決めるのが基本です。在宅チームは結論を急がせず、決める過程と決めた後の暮らしを支えます。
ALS(筋萎縮性側索硬化症)をはじめとする神経難病では、病気の進行に合わせて、胃ろうをつくるか、人工呼吸器を使うかといった大きな選択が続きます。どれも本人の生き方にかかわる選択で、「正解」が一つに決まるものではありません。この記事では、公的なガイドラインの考え方をもとに、在宅チームが本人の意思決定をどう支えるかをまとめます。
01意思決定支援の基本となる考え方
厚生労働省の「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」(2018年改訂)は、医療・ケアの方針を決める手順を示しています。胃ろうや人工呼吸器の選択は、必ずしも人生の最終段階の話ではありませんが、ここに示された考え方は神経難病の意思決定にもそのまま役立ちます。
- 医師などから適切な情報と説明を受けたうえで、本人が医療・ケアチームと十分に話し合い、本人が決めることを基本とする。
- 本人の意思は変わりうるため、その都度気持ちを示せるように支え、話し合いを繰り返す。
- 本人が意思を伝えられなくなる場合に備えて、家族等の信頼できる人も交えて話し合い、本人の意思を推し量る人を前もって決めておく。家族等には、親しい友人など、法的な親族以外の人も含まれます。
- 医療・ケアを始めること・始めないこと・変えること・やめることは、医療・ケアチームが医学的な妥当性と適切さをもとに慎重に判断する。
- 苦痛をできるだけ和らげ、本人と家族等の心や暮らしの支えも含めて支援する。
- 話し合った内容は、その都度文書にまとめる。合意が難しいときは、複数の専門家による話し合いの場を設ける。
ここでいう医療・ケアチームには、医師・看護師だけでなく、在宅ではケアマネジャーや介護職なども含まれるとされています。本人を囲む在宅チーム全体が、意思決定支援の担い手です。
02神経難病の意思決定が難しくなる理由
- 病気が進み、次に何が起きるか、いつ決める必要があるかが見えにくい。
- 話すこと・書くことが難しくなり、気持ちを伝える手段そのものが限られていく。
- 病気によっては、考えたり判断したりする力に影響が出ることがある。
- 選ぶ医療によって、家族の介護の量が大きく変わり、本人が家族に遠慮しやすい。
- 気管切開をしての人工呼吸(TPPV)のように、始めた後にやめることが難しい医療がある。
- 決めないまま急に呼吸が悪くなると、本人の意向を確かめる時間がないまま処置が進むことがある。
日本神経学会の「ALS診療ガイドライン2023」も、本人は決めることを先延ばしにしやすく、限界になってからでは間に合わない場合があると指摘し、人工呼吸など生命を延ばす治療の話し合いは定期的に行うべきとしています。
03「勧められる治療」と「本人が選ぶ治療」を分けて考える
ALS診療ガイドライン2023は、医療の種類によって、主治医の伝え方を分けて整理しています。
| 比べる点 | 胃ろう・マスク式の人工呼吸(NPPV) | 気管切開をしての人工呼吸(ガイドラインではTIV) |
|---|---|---|
| 位置づけ | 生命予後の改善などの面から、「治療」として主治医がしっかり勧めるべきもの | 始めた後の中止が難しいため、時間をかけて説明する必要がある選択 |
| 伝え方 | 単に選択肢を並べて「希望すれば行います」と伝えるだけでは、かえって本人の負担になる | 良い点・難しい点と、選ばない場合の苦しさを和らげる方法を、時間をかけて説明する |
医学的な勧めを伝えるのは主治医の役割です。在宅チームの役割は、本人が説明を理解できているかを確かめ、疑問を主治医につなぎ、どちらを選んでも支えることを伝えることです。チームの一人ひとりが、自分の考えで本人をどちらかに導かないように気をつけます。
始めた後のことも伝えておく
ALS診療ガイドライン2023は、気管切開をしての人工呼吸を始めた後に、本人や家族が人工呼吸器を外すことを望んだ場合について、現状ではそれを可能とする法律や手順は定められていないとしています。だからこそ、始める前に十分に話し合うことが大切です。
04在宅チームのそれぞれの役割
| 職種 | 役割 |
|---|---|
| 主治医(脳神経内科・在宅医) | 病状と見通し、選択肢ごとの医学的な意味を説明し、話し合いの時期を見極める。脳神経内科と在宅医で、説明の内容と本人の意向を共有する |
| 訪問看護 | 日々の関わりの中で出てくる本音や迷いを受け止め、主治医に伝える。呼吸や飲み込みの変化に早く気づき、話し合いの時期を知らせる |
| ケアマネジャー・相談支援専門員 | 選択肢ごとに、使える制度とサービス、介護の体制がどうなるかを具体的に示す。家族の負担の見通しは、選択を考える大切な材料 |
| リハビリ職 | 文字盤や意思伝達装置など、気持ちを伝える手段を早めに整える。伝える手段があることが、意思決定支援の土台 |
| 病院の医療ソーシャルワーカー・保健所の保健師 | 家族の状況や経済面の相談、地域の支援とのつなぎ役 |
| 同じ病気の人や家族 | 実際の暮らしを知る人の話が役立つことがある。東京都では、東京都難病ピア相談室で病気ごとのピア相談が行われている |

在宅チームの方には、本人が迷っていること自体を、主治医に伝えてほしいと思っています。迷いは、真剣に考えているからこそ生まれるものです。医師にとっても、説明が足りていないところに気づく大切なきっかけになります。
05話し合いの進め方
- 1
早めに始める
症状が軽いうちから、今後起こりうることと、選ぶ時期の目安を少しずつ話します。一度にすべてを話そうとしません。
- 2
大切にしていることを聞く
治療の話の前に、どんな暮らしを続けたいか、何を大切にしているか、何が不安かを聞きます。
- 3
選んだ後の暮らしを具体的に示す
使う場合は、吸引や介護の体制、使える制度、外出のしかたなど。使わない場合は、苦しさをどう和らげるか、どこで過ごすか。どちらも具体的に示します。
- 4
家族の気持ちも別に聞く
本人の前では言えない家族の不安や負担もあります。介護や経済的な負担を軽くする手立てを整えることも、本人が自由に選べるための条件です。
- 5
決めたことを書いて共有する
話し合った内容と、まだ迷っていることを文書にまとめ、主治医・在宅医・訪問看護・ケアマネジャーで共有します。
- 6
見直す時期を決める
気持ちは変わってよいことを伝え、状態が変わったときや一定の期間ごとに話し合い直します。

話し合いの記録には、決めた結論だけでなく「どうしてそう考えたのか」も残してもらえると助かります。気持ちが揺れたときに、本人と一緒に立ち戻る手がかりになるからです。どちらを選んでも、その後の暮らしを支えるのが在宅医の役割だと考えています。
06急なときに備える
東京消防庁には、人生の最終段階にあり、ACP(前もっての話し合い)で心肺蘇生を望まない意思を示している方について、かかりつけ医等に確認したうえで心肺蘇生を中止する手順があります。救急隊はまず心肺蘇生を始めるため、かかりつけ医や訪問看護の連絡先をすぐ伝えられることが大切です。
急なときに備えて、チームとご家族で確かめておくこと
- 人工呼吸器や気管挿管(口から管を入れる処置)を望むかどうかを、主治医がカルテや診療情報提供書に書き、在宅医と訪問看護にも伝えているか
- 本人の意向を書いた書類を、救急隊にもわかる場所(玄関や冷蔵庫など)に置いているか(ALS診療ガイドライン2023で紹介されている方法)
- 夜間・休日に具合が悪くなったとき、最初にどこへ電話するか(在宅医か訪問看護か、救急車か)を、家族と決めているか
- 救急隊が来たとき、家族がかかりつけ医や訪問看護の連絡先をすぐ伝えられるようにしているか
決まっていないことも共有する
まだ決めていない、迷っている、ということ自体が大切な情報です。「未定」と書いてチームで共有し、急なときにどう動くかを主治医と話し合っておきましょう。
07決めた後も支え続ける
人工呼吸器や胃ろうを選んだ方には、新しい暮らしに慣れるまでの支えが要ります。選ばなかった方にも、苦しさを和らげるケアと、最期までの暮らしの支えが続きます。どちらを選んでも、チームが支え続けることを伝え続けることが、本人と家族の安心につながります。
意思決定を支えるには、話し合いに加わる在宅医や訪問看護が早くからそろっていることが大切です。Med-Tasuki(メドタスキ)では、地域の訪問診療クリニックや訪問看護ステーションを探し、まとめて相談できます。
参考にした情報
監修者のプロフィール

Maekawa Hirotaka
脳神経内科専門医・頭痛専門医
地域医療連携サービス「Med-Tasuki」開発者
脳神経内科専門医・頭痛専門医。東京大学医学部附属病院 脳神経内科で診療に従事したのち、訪問診療を行う荏原ホームケアクリニックで頭痛センター長を務める。在宅医療の現場で、患者さんの受け入れ先を探す連絡が今も電話とFAXに頼っていることに課題を感じ、施設どうしがつながる地域医療連携サービス「Med-Tasuki(メドタスキ)」を自ら開発した。
Med-Tasukiを開発した理由を読む在宅医療は、ひとつの施設だけでは完結しません。顔の見える連携を、もっと速く、もっと気軽に。現場の「困った」を減らすために、医師として、開発者として取り組んでいます。